教育の主流は「有能な部下」の育成?

『ニュース雑記帳』で「学校教育法施行規則の一部を改正する省令案及び高等学校学習指導要領案に対する意見公募」を取り上げたので、ちょっと育児・教育ってことについて思いを巡らせてみました・・・

教育ってことを考える時、いつも思い出すのが、ずっとずっと前に自宅で寺子屋をやっていた時の生徒だった女の子のことです。彼女は、ものすごく勉強が苦手でした。それはもう、とっても苦手なようでした。でも、勉強することがが嫌いなわけではないし、寺子屋に来るのも嫌ではなかったように見えました。そして何より、彼女は抜群に善い子でした。寺子屋で一緒に勉強していた幼い子たちの面倒をよく見てくれましたし、笑顔がとっても優しくて素敵だったんです。子どもたちもみんな彼女を慕っていました。わたしは、その子のことを尊敬できる人だと思いました。相手はまだ少女ではありましたが、大の大人のわたしが、彼女のことを人として尊敬できると感じたのです。

わたしは、彼女に勉強を教えるにあたって、何よりも彼女が劣等感を感じないようにと、そのことを一番に考えるようになりました。彼女が一生懸命勉強しても、わたしが一生懸命教えても、きっと彼女は学校で授業についていくのが精いっぱいであろうと思いましたが、そのことで彼女が「わたしなんてダメだ」と思うことがないようにと、そのことだけを考えました。だって、彼女は全然ダメじゃないんですから・・・むしろ誇らしい人なんですから・・・そのことを彼女自身にも分かってほしいと思っていました。

残念ながら、今現在、彼女がどうしているのか、わたしは全く知らないのですが・・・仕事をしているにしても、主婦をしているにしても、きっと周りの人に信頼され愛されているに違いないと思っています。彼女のような人が幸せになれないような社会なら、それはその社会が何か間違っているからだと本気で思いますから!!

だからね・・・彼女のことを思う度に考えるんです・・・全員に習得させるべき学問のレベルって、いったいどこまでなんだろうって。世界学力ランキングで上位になるためとか、そういう問題ではないですからね、ほんと、教育って。

我が子に「なんで、こんなこと勉強しなきゃいけないの?これが社会に出てから、どう使えるの?」って聞かれたら、なるべく肯定的に答えていましたよ。「たとえば因数分解。それ自体が生活の中で役に立つことはないかもしれない。自分の子どもに教えてあげられるくらいで、他には全く使わない可能性も大きい。けれど、それが発見された経緯だとか意味だとか・・・そういうものが自分たちの生活を支える様々な事柄の基礎にあることを知っておくことは無意味じゃないでしょ。わたしたちの生活は、昔に比べるとずいぶん便利になったけど、その便利さを支えているものなんだから、そういうものを発見した人、そういうものを使って今も研究したり開発したりしている人たちがいて、自分たちの生活がなりたっているってことの入り口ぐらいは見ておいて悪くはないでしょ」とか

「何が正しいかを自分で判断し、何をするかを自分の責任で選んでいくことは、大人にとっても子どもにとっても大切なことだけど、長く生きて色んなことを経験してきた大人でさえ、いつも納得できる選択が出来るわけじゃないでしょ。時には、なんでこんなことをしなくちゃいけないのかと思うようなことを強要され、イヤイヤやっていくことで得られることは、案外たくさんあるものなのよ。だから、とりあえず幅広く学んでおく、経験しておくということは、あなたに地力をつけてくれるはずだよ。ほら、ゲームでアイテムを少しずつ獲得していくでしょ。その中には、結局一度も使わないものもあるかもしれないけど、手に入れられる機会があるなら手に入れておくべきじゃない、てじょ」とか

「人はね、時に、嫌でも頑張らなきゃいけない時があるものなのよ。その時に頑張れる精神力の鍛錬だと思いなさい」とか、一応、いろいろ説得しましたけど・・・言いながら、自分がまったく納得していませんでしたからね(爆)。

生活していくうえで必要な最低限の計算能力とか、識字能力とかは、義務教育でしっかりと教えて欲しいと思いますが、内容を必要以上にレベルアップさせて、子どもに苦手意識だとか劣等感だとかを植え付けるようなことはどうかなって思わずにいられません。幅広い分野の基礎をしっかり学ばせて、あとはそれぞれの子どもの得意を伸ばしていくってことが、どうしても望ましく思えてなりません。

教育の主流って、きっと「有能な部下」を育てるものなんじゃないかと思うんですよね。ある意味、それは理にかなっているのかもしれません。船頭多くして舩山登るっていいますから、トップに立つような資質をもった人が増えると混乱しますから、ごく少数の指導者あるいは経営者と、大多数の有能な部下がいるのが理想なのかもしれませんが・・・どのポジションにいても、どんな歯車として動いていても、ちゃんと自分に誇りがもてるような、そんな教育でなきゃ悲しいですよね。

なんだか話がまとまりませんが・・・悩ましいですよね、育てるなんて傲慢ではあるけど重要なことの正解を探すって・・・