愛のない見方5

友人がツイッターで東京千葉のラーメン店を巡って独自の観点での点数や短評を公開しているのですが、それこそ名店と評判の店にだけ足を伸ばすに留まらず、街なかでふと見かけたいまにも腐り落ちそうなお店や不味いと評判の店にも臆せずに飛び込み、去年からの一年間で計130店舗も訪問するに至ったそうで、その見識ならぬ味識を広げているとのことなのですが

わたくしもオママゴトの範囲とはいえ鑑賞した映画の短評をしている以上、避けて通れぬのが『駄作』や『Z級映画』と呼ばれるクソ映画の一群

映画というものを区分すると、まずは大予算で有名スタッフや豪華キャストを用いて制作されているような大作映画をA級映画とすれば、低予算かつ短期間で無名の新人俳優などを多くキャスティングして制作された粗製映画、いわゆるB級映画に大別できるわけです

もちろんB級映画とはいっても娯楽作品としての評価はA級映画にも劣らぬ作品も数多あるわけですし、大予算を組んだA級映画だとしてもそれがおもしろいかどうかは別問題なわけです

まして、いまやA級映画の代表作と呼ばれるような作品も最初はB級映画が始まりだった、というものが多くあるわけです

スター・ウォーズや007、ターミネーターだってもとはB級映画の範疇だったわけなのです

しかしZ級映画というものは、A級にしろB級にしろ娯楽としての作品性を有しているグループからも逸脱した、まさに映画界の産業廃棄物

なぜこんな低レベルなものを制作したのか、どういう判断でこういう作品が商業ベースで世に出たのか、関係者の正気を疑うレベルの作品、それがZ級映画なわけです

とまあ、勘の良いお人ならわたくしが今回鑑賞した映画のラインナップに思い至ることでしょうが、敢えて今回は鑑賞した作品リストを伏せておくことにいたしましょう

くわえて、Z級映画のあまりの酷さに口直しに見た映画も短評させていただくのであしからず

目安は以下の通り

星5=神作、全地球人一日一回は視聴すべき

星4=傑作、全地球人一年に一度は視聴してほしい

星3=名作、全地球人一生に一度は視聴できればいいね

星2=凡作、全地球人一人一人の感性次第

星1=駄作、そびえ立つクソ

それではまずは

 ・シン・ゴジラ  星3

いやあ、今回鑑賞した映画のなかでは抜群におもしろかったですよ、Z級映画をみたあとの口直しという理由もあったかもしれませんが

平成ゴジラの嚆矢となった『ゴジラ』(正確には1984年公開なので昭和なのだが)と同じように人間VSゴジラという図式で、2016年の日本という国家体制が理不尽なまでの破壊の権化と如何にして対峙していくかという場景が詳細に描写されており、ストーリーも良い意味で、それだけ

ですが官僚機構や政府首脳、自衛隊ゴジラへの対応が非常に現実的で、ゆえに映画全編に生々しいほどの血肉を通わせることになり、鑑賞している側に際立った臨場感をもたらせることに成功したといえるでしょう

映像表現も旧来のゴジラ映画に比べて格段にスケールアップしており、ややチープだったとも思える昭和〜平成ゴジラの造形や街の破壊シーンが特筆すべき現実感を伴って表現されております

一般人が鎌倉に再上陸したゴジラの足元を車で過ぎ去る際に、車窓から見上げるゴジラの強大さがありありと実感できる迫力のシーンは一見の価値があるでしょう

ただ作品の主題として人間vsゴジラであるゆえに、いくらこの映画でゴジラが圧倒的破壊をもたらす存在として恐怖感を煽るように描かれようとも、最終的に人間側が勝利することが既定路線と察せられ、やや全編を通して緊迫感に欠けるように思われます

またゴジラに対して熱核兵器を使用するという国連安保理決議とそのタイムリミットのカウントダウンが進むという設定も、それまでの現実に則した人間側の対応を描写しているなかでやや強引で突飛な展開に思え、またゴジラの血液を凝固させる薬品を口から飲ますという作戦(vsヴィオランテでの名セリフ「薬は注射より飲むのに限るぜ、ゴジラさん」を意識したもの?)も、なぜ東京を灰燼に帰すほどの暴威を振るう巨大生物に危険を伴う近接してまでの経口投与なのか理解が追いつきません

とまあ、後半にいくにつれ前半の緻密さが薄れ、勢い重視になるのが感じられます

くわえて人知では防ぐことの出来ない天災でも人と人とが団結すれば乗り越えられるという明るい希望を載せたメッセージを、かの大震災以降では描かれる機会が増したように思えますけども、果たして乗り越えられたという実感を得ている者がどれほどいるのか、ただ時間が過ぎただけなのではという疑問を呈してしまう観点からすると、やや鼻白む意識が芽生えることは否定できないように思えます

余談ですが、理想主義の主人公と現実主義のライバルが対立した際に、必ずといっていいほどフィクション作品では理想主義に凱歌が上がるのですけども、現実の歴史を省みるとだいたい国を滅ぼすのは理想主義者の主張からなのが証明されているわけでして、理想というものに希望を見出すような描き方をされるのも鼻白む原因かもしれません、わたくしにとってはですが

まあそういう捻くれた観点を抜きにしても、映像表現の進歩は眼を見張るものがありますし、娯楽作品としては秀逸な要素が散りばめられている良作ですので、一見の価値はある映画でしょう

 ・パルプ・フィクション 星3.3

キルビルからやたらと日本で注目された監督クエンティン・タランティーノ、1994年の作品で、監督した映画としては二作目にも関わらず、カンヌ映画祭では最優秀賞やアカデミー賞脚本賞を受賞した、ある意味出世作となる映画

パルプ・フィクションとは与太話といったところの意

オムニバス形式で時系列が通常とは異なった順序で描写されていく、基本的にはマフィアに属する二人の殺し屋を中心としたコメディ映画

彼ら二人が自分たちのボスから受けた3つほどの任務と顛末が組み合わさったストーリー

よくタランティーノ監督を評する際の代名詞がわりに過剰なまでの暴力表現、などど形容されますが今作においては、そのような描写はほぼありません

むしろ映画の題名のとおり、作中の人物がくだらない話=雑談をテンポよく交わす姿を追っただけの映画ともいえるかもしれません

特に気が利いているわけでも示唆を含んだ会話があるでもなく、冗談と雑談を交わす登場人物たちの小話が集合されております

鑑賞している側に一定以上の面白味を感じさせはしますが、ではなにか心に残るかというと特になにがあるわけでもありません,所詮は与太話しかしていないわけですから

ですが、他人の人生を追体験することが物語性だとするならば、日常で交わされるだろう雑多な光景を描き出すからこそ、映画への没入感が際立つという構造

だから印象に残る、感動するなどといったシーンはありませんので、没入感を感じなかったらなにひとつ面白味を覚えない映画

なのですが、そこは多数の鑑賞者が文句なく映画に没入できるのがこの映画の素晴らしい点であり、それを成せるだけの脚本に賞を与えられたのも当然と思えるだけの映画です

ちなみに上記二作は口直し用なので、Z級映画ではありません

以下、今回の主題の映画です

 ・プラン9・フロム・アウタースペース 星(条件付き)2

カルト映画業界ではもはや定番とも言えるクソ映画であり、お笑いコンビにおけるツッコミ役養成映画

手がけた作品が全てヒットしなかった監督、アメリカ史上最低の映画監督とも称されるエド・ウッド監督の代表作

1959年に制作されたわけで、当然映像技術などは現代に比べるべくもない時代とはいえあまりにも稚拙、しかも脚本、出演者、演出等、映画を構成する要素全方位にわたって稚拙過ぎて、幼稚園の学芸会の演し物がもはやスター・ウォーズ級の大作映画に思えるほど

本当に冗談抜きにこれオールタイムワースト映画ですよ!!

なんですけども、もはや一周して逆に腹の底から笑えてくるのがこの映画のカルト的人気を支えているのも頷けるというもの

そもそも、宇宙人が地球人に自分たちの存在を認めさせるために死者をゾンビとして復活させ襲わせる、というストーリーからして意味がわからないwwwwwww

以下、この映画のツッコミどころが多すぎるので主要な問題点を箇条書きにします

・主要出演者の一人が撮影開始から二週間で死去したために、普通ならそこで撮影中止になるところをなぜか撮影を続行し、初期に撮影しておいたシーンを使いまわす(わたくしが確認したところでは都合5回、同じシーンが出てきますwwwwwww)

・しかもこの死亡した出演者だけなぜかドラキュラ(ほか二名の復活した死者はゾンビなのにwwwwwwww)

・頻繁な昼夜逆転現象

・ベニヤ板で作られた屋内セット(飛行機コクピット、UFO司令室、民家の謎のスペース)や、ダンボールで作られた墓石(出演者が地面に倒れると、後ろで墓石も飛び跳ねて倒れるwww)

↑これが飛行機のコクピットのセットwwwwwwwwwwコクピットと客室の仕切りがカーテンってwwww

↑ここはUFO司令室wwwwwしかもこれ全員、宇宙人役っすよwwwwwww

・役者が、英語が理解できないとしてもわかるほどの棒読み大根多数wwww

・資料映像の使い回し

・円盤型UFOが明らかに灰皿www

・状況を説明するための冗長なセリフ

この映画はですね、ひとりでは絶対に鑑賞しないでください、時間を浪費したという事実に首を括りたくなります

友人、家族と集まってワイワイガヤガヤ、ツッコミを入れながら頭をバカにして見るための映画です

特にバカバカしいことをバカバカしいとして受容のできない人は、まったくもって不快感すら覚えてしまう駄作映画であります

それぐらいのクソ映画なんですけども、なんでしょうねえ、妙な魅力があるんですよwww

つまるところ、この映画の監督エド・ウッドの救いようもないほどのセンスを遥かに凌駕する、映画への情熱が画面の端々から漂ってくるところ、それが伝わってくるからでしょうかwww

俺は映画を撮りたいんだ、俺はこれがおもしろいと感じるんだっていう情熱が迸って(カラ回って)おりますwww

しかしその想いを人に伝えることが絶望的に下手くそなんですwwwwwwww

誰も手を抜いていないのに、製作者、出演者誰もが一生懸命なのに、情熱に技術が追いついていない良い例ですwwww

まさに映画界の愛すべき馬鹿、それが史上最低の映画監督エド・ウッドの魅力なのでしょう

なので、ツッコミ力を要請するための映画だと割り切れる方のみが、その人の感性次第で受け入れられる映画という条件付きで星二つを進呈したいと思うわけです

ただ受け入れたときには、心の底から笑えることをお約束いたしますwwww

 

 ・CASSHERN  星2

2004年公開当時、宇多田ヒカルの旦那さんであった紀里谷和明氏がメガホンを取ったということでも話題になった、タツノコプロのアニメ「新造人間キャシャーン」を実写化した映画なのですが、2004年公開されたクソ邦画で第二位を獲得しております

まあ結論から申し上げれば、これキャシャーンでやる必要あったの?

という一語に尽きます

たしかにわたくしは原作キャシャーンに特段の思い入れもないし、単純に映画として面白いかどうかが作品の価値と考えるので、前情報の酷評ぶりよりは見れた映画だとは想いますが……

トーリーは、第二次世界大戦以降の現実の歴史とは異なりアジア大陸を支配している日本もとい大亜細亜連邦共和国は、独裁政権のもと長期の戦争により人身も国土も荒廃しておりました

そんなとき、遺伝工学者の東博士が新造細胞という人間のどんな器官にも発達させることができる細胞を発見

政府の極秘ながらも強力なバックアップのもと、公害病や戦傷に苦しむ人々、そして愛する妻の病を完治させるために研究に励んでおりましたが、最後の最後で研究の成果は結実しようとはしませんでした

そんな東博士の姿を無力とみた息子の鉄也は父親への反発心から、戦場へと従軍、あえなく戦死することに

その報が東博士に寄せられたとき、天から謎の雷光が新造細胞の実験タンクに落雷し、タンクの泥土から次々と新造細胞が結合した結果生まれでた何百体もの人間状の生命体が這い出てきたのでした

彼らは軍に惨殺され、からくも逃げ延びた少数のものが自らを新造人間と名乗り、偶然手に入れたロボット軍を使役し人類に反旗を翻したのでした

一方、東博士は新造人間たちが生まれでた実験タンクに息子鉄也の遺体を浸し、愛息をこの世へと生き返らせたのです

同じ細胞を有する同族ながらも敵味方に別れた鉄也と新造人間軍たちの争いの顛末は!?

というのがストーリー

説明が短文で済まないところからも、今回鑑賞してきた映画のなかでは比較的複雑なストーリー設定が構築されているように思えますし、映画としては監督の意図した世界観を存分に表現出来ているように思われます

耽美的で映像演出、スチームパンクの雰囲気を重厚に取り入れたIFの日本の情景、戦争の愚かさや生々しさ、ロボット軍のオイル臭さえ感じられそうなCG、新造人間との争いや彼らの存在意義への問いかけ、俳優たちの隙きもない演技力、全編を悲観的なヴェールで覆いながらも、人類愛や人間とはなにかというテーマを謳い上げた、近年の邦画としては珍しく骨太な作品なのに、なぜこうもダメ出しをされるのか

それは早々に述べた結論のとおり

これキャシャーンでやる必要があったの、という一言

原作の新造人間キャシャーンというアニメは、1973年に放映されており当時の世相を反映して公害の原因である人間は滅ぼすべきだと結論づけたロボットたちに、超人的な肉体を得る新造人間へと自ら進んで変貌した東鉄也は、新造人間キャシャーンとして対抗するというストーリー

後半になると、人間ではない鉄也に手のひら返しをした人間が彼に冷淡に接するなど、ガッチャマンなどが放映されていた当時のアニメ界からすればなかなかに異端な悲劇性のあるストーリーが展開され、ゆえに40年以上経っても原作が支持されている要因となったわけですが

CASSHERNの紀里谷監督は、その原作の要素を自分流に換骨奪胎した映画を制作しており、原作ファンからすれば自分たちの愛しているものを無残に壊されたように写ることは致し方ないのでしょう

原作を知らない者からしても、キャシャーンっていうのは結局なんだったの、その要素は必要だったのという程度にしか実写版CASSHERNには残っていないというわけです

ただ純粋に映画としては、なかなかの良作ではあるとは思うんですけども、完全にこれは人を選ぶ映画ゆえ、また邦画に多々ある芸術性を出そうとする演出がややくどい結果、娯楽要素が薄い点で星は2つですなあ

 ・幻の湖 星1

琵琶湖です

琵琶湖の周りを、1600人以上のオーデションを勝ち抜きこの映画で銀幕デビューした新人女優の南條玲子さんが走ります

飼い犬の白い犬と一緒に湖畔を走ります

春夏秋冬走ります

彼女の役はソープ嬢です

ゴジラを制作もした日本を代表する映画会社東宝創立50周年という記念碑的な映画なのに、ソープ嬢が白い犬と一緒に琵琶湖湖畔を走ります

製作期間3年、上映期間1週間の超大作です

なので東宝も映画館にフィルムを出し渋った結果、認知度はめちゃめちゃ低いです

そして飼い犬がやがて何者かに殺害されます

ソープ嬢怒ります

犯人を追い求めます

東京にまでやって来ます

以前一緒に働いていたCIAの女スパイが犯人を教えてくれます

犯人とマラソン勝負を繰り広げ、負けます

傷心のソープ嬢、琵琶湖に帰ります

以前から昵懇にしていた銀行員と結婚することを決意します

笛を吹く男性から、戦国時代に起きた琵琶湖にまつわる悲劇と女の執念の秘話を聴きます

信長ゆるせねえ

男の子串刺しの刑

逆さ磔

ソープ嬢涙、なみだ

犬を殺した犯人がソープ嬢が働くソープランドにやってきます

激昂

犬を殺害した際に用いられた凶器の包丁を片手に、犯人と琵琶湖マラソン勝負を始めます

走って

走って

走って

心折れそうになっても走って

琵琶湖大橋の上で追いついて

勝ったわあ、わたし勝ったわあ〜!!

包丁で犯人を刺殺

スペースシャトル打ち上げ

笛を吹いていた男は宇宙飛行士

宇宙から見下ろす琵琶湖の上に笛を捧げます

女の恨みが消えるまで、琵琶湖がなくなるまでここで笛は供養しつづけるのだ

大団円!!!!!

意味分かる人、おります?

これが東宝創立50周年記念に制作されたというのですから、狂気の沙汰としか言いようがありません

なぜ誰も制作する前に止めなかったのか?

なんで作っちゃったの?

脚本を読めばわかるでしょ?

映画としての意味がわからない

なにがしたかったのか、さっぱりわからない

女性が湖畔を走るのは良いんですよ、絵になりますし

その犯人を追うのもいいんですよ、ミステリーというかサスペンス性が出るので

でも、なぜマラソンで勝負するのか?

犯人の男もソープ嬢も、二度に渡って淡々と走り続ける勝負を繰り広げるのです

意味がわからない

そしてその走ることと戦国時代のエピソードは関係性あったの?

スペースシャトルで琵琶湖の上空で笛を捧げる必要性ってなに?

後半のシナリオの破綻っぷりが常軌を逸しております

一応、この映画の脚本を書いたのが七人の侍の脚本を黒澤明と共同執筆したり、砂の器八甲田山を書いた橋本忍氏というヒットメーカーだったのですが、これがものの見事に大爆死

ご本人の回顧談として、過去に未来にと風呂敷を広げすぎてしまい脚本が上手くまとまらないうちに制作がスタートしてしまい、引き返すに引き返せなくなってしまった、というのがこの映画の破綻っぷりの原因らしいのですが、それにしても……

ちなみに橋本忍氏ご本人曰く、最後のクライマックスシーンで女性が包丁で犬殺しの犯人を刺殺したのは余計だった、らしいのですが

そういうレベルじゃない!!

誰もがこれはアカンと途中から気付いていたからこそ、封切り1週間での打ち切りだったのでしょうが、これはプラン9と違って笑えない

終始真顔で2時間44分という長尺を過ごしてしまいます

そして今回の短評でもって、最も伝えたかった作品

最早、お気づきの人はお気づきのはず

伝説中の伝説

視覚を使った拷問器具

 ・デビルマン 星0以下

日本映画史上に燦然と輝くゴミ中のゴミ

擁護できる点がほとんどない

開始して3分で、「あ、この映画ダメだ……」とつぶやいてしまうこと請け合い

本物のクソ

というか、クソを見ている方がまだ精神衛生上救われる

原作はもちろんあの永井豪が執筆し、あまりの凄まじさに今なお伝説の作品として語られるデビルマン

アニメも多くの人の記憶に残っております

その漫画版を完全実写化と謳い、制作費10億円製作期間1年という物量を投資して出来上がったクソ

全方位完全無欠にクソ!

もう何がダメなのかと書ききれない

全てひどい!!!!!!

おそらくド素人のわたくしや、この日記を読んでいるあなたが制作してもまだマトモな映画が造れると断言できます!!

2時間

そんなクソを2時間も目の前で展開される拷問!!

ほんとうに筆舌に尽くしがたい!

見終わったあと、鑑賞していた自分のほうがデーモン化しております

わたくしもある程度の噂を前もって聞いていたので予防線を自らに張っておりましたが、その10倍は上を行くクソさ加減

本当に褒める箇所がない

笑えるところもない

いやあ、もう何から書けば良いのか……

幻の湖でも書きましたけども、オールタイムワースト映画と言われるプラン9でさえ見る人によっては爆笑必至な映画なわけです

それは監督が情熱をもって映画製作にあたっているというのが伝わってくるからなのですが、この実写版デビルマンはそんなものは欠片一つ見当たりません

出演者、製作者の主だったスタッフがすべて勘違いしている

例えば、シレーヌという妖艶さを絵に描いたような怪鳥の悪魔がおります

 原作をもとにしたフィギュア、美しいですな(恍惚)

それが実写版ですと、↓こうですよ!?

アップはこう↓

こいつはどこのニューハーフのオカマバーで働いているのかな?(言語中枢崩壊)

能面みたいな無表情になりますよ

この衣装、公開前のポスターの段階ではこうだったんですよ

それがシレーヌ役の人が、ポスターの衣装はヤダと土壇場で駄々をこね始め(だったらオファーを受けるなというお話)、仕方なく出来上がった衣装がニューハーフのオカマバーだったというわけです

本当に製作者、出演者はちゃんと原作は読んだ?

どういう映画を撮りたかった?

いったい何にお金をかけたの?

映画の途方もないクソさ加減に、鑑賞しているうちに浮かんでくる様々な疑問でさえどうでも良くなってきます

ただこの地獄の時間が早く終わってくれることを祈り続けるしかできません

ですがね、わたくしはある意味この映画は、娯楽というものに携わる者は必ず見ていただきたい映画だとも思うんですよ

なぜならどうしたらクソが出来上がるかという良い例ですから、このクソ映画は

反面教師ってやつです

それにこのクソを見たらね、CASSHERNだって幻の湖だってプラン9にだって寛容になれますよ!

自らの器がひと回り拡がるのを実感できます、悟りを得ます

日記冒頭、ラーメンの話同様、最底辺を知っているからこそ本当に上質なものの素晴らしさが理解できるという感慨さえ湧いてきます

だとすればこのクソだって、映画として一定の役割を果たしているのかもしれません、このクソでさえも(大事)

でもこれは建前です

本音としては、何故わたくしだけこんな精神的苦痛を味わわなければならないのか?

あ〜〜おれぇ〜デーモンになっちゃったよぉ〜(棒)に、成らなければならないのか?

わたくしが味わった苦痛と怒りをすべての人間どもに味わわせてやりたい!

だからわたくしはデビルマンになります

いいか、ぴこはん

わたくしはお前の勧めるままに仮面ライダーアマゾンズを見ている

なら貴様もわたくしの勧める作品を見ろ

一作だけでいい

一作だけ、たったの2時間だ

ぴこはんだけじゃない、もくばさんも、高城も、ゴールドトーテムさんもデブリも全員、全員デビルマンを見ろ!!

そして、おまえらもデビルマンになるのだッッッ!!

ハッピバースデー、デビルマン(棒)